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ブランド子供服専門フリーマーケット「ムスビーキッズ」(SBIライフリビング株式会社)
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ロシア人が代表取締役の翻訳会社。
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沖縄パッションNEWS TV (おきなわぱっしょんニューステレビ)

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 ADD;沖縄県那覇市 
生涯現役! 山口勲のフォトギャラリーで見えてくる-沖縄の世変わり風景!


■昭和41年(1966年頃)
琉球電信電話公社(現・NTT)那覇搬送調整局にてテクニカルオペレーター。
今はスマホで国際電話も簡単にできるが、当時は交換を通して写真の後ろにある大きな送受信機で通話が出来る様にテクニカルオペレーターが適時、周波数を切り替えたりして通信を保っていた。





          財団から  ⇒  株式へ
■財団法人 極東放送を長濱 弘氏が買い取り、株式会社極東放送となり現FM沖縄の認可を取得する。






■極東放送「広場の太陽」(この番組では月~金曜日までの1時間、ランチタイムに各職場を訪問する。当時としては、画期的な番組でした。)
極東放送の隣にあった米軍のクラブ内で行われた放送一周年記念パーティーのゲストに、俳優 山内 賢さんを迎える。






■左上写真 梓みちよさんをゲストに迎え行われた第18回NHK青年の主張全国コンクール沖縄地方大会(旧沖縄タイムスホール)
■左下写真 本土復帰前のNHK沖縄放送局は、OHKと呼ばれていた。当時はラジオ放送はなくテレビのみ。
昭和43年(1968年頃)


■沖縄出身のプロ野球選手第一号の安仁屋 宗八選手(広島東洋カープ)






■沖縄県文化会友好訪中団 1974年4月12日~4月25日(昭和54年)
沖縄県文化交流訪中団(曽根信一団長)が結成され、4月12日から25日までの日程で中国を訪問する。
一行は「中国と沖縄との文化交流は歴史が示す通り、琉球文化における原点であり、今日ある偉大な文化的恩恵は計り知れない」として、「中国の文化や芸術家との相互の友好親善を深める架け橋的役割になりたい」という。※当時新聞記事より




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