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琉球・沖縄の歴史上の偉人や事柄辞典。 title=

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南山王 での検索結果

5件の該当データがありました。

尚巴志王 (しょう はしおう)

第一尚氏王統・2代目王 琉球統一王朝・初代王
[人物] [国王]
 生没年:1372-1439
■琉球国中山王。
■居城は首里城。
■琉球王国の第一尚氏王統・2代目王。
■琉球王国最初の統一王朝を成立させた。
■在位:1421年~1439年。
■神号は勢治高真物(せじたかまもの)。
■21歳で父の後を継ぎ南山の佐敷按司となる。
■1406年、父・尚思紹と共に中山王・武寧察度王朝を攻略、首里に遷都、明の永楽帝に遣いを出し、父・尚思紹を中山王に即位させる。
■1416年、父・尚思紹と共に北山王・攀安知怕尼芝王朝を攻略、次男尚忠を北山監守として北部を管理下に収める。
■1421年、父・尚思紹王の崩御により中山王に即位。
■1429年、南山王他魯毎の大里王朝を攻略し三山を統一、第一尚氏王統による琉球王国最初の統一王朝を成立させた。
■首里城を築き拡張整備した。
■那覇港の整備をし、中国、日本、朝鮮、南方諸国との交易を行なった。

他魯毎 (たるみい)

大里王統(南山王国)・4代目王で大里王統最後の王。
[人物] [南山王]
 生没年:-1429
■琉球国南山王
■在位:1413年~1429年。
■居城は島尻大里城。
南山王国最後の王。
■大里王統・4代目王、汪応祖の長子。
■叔父・達勃期(たふち)に殺害された先王・汪応祖の仇をうち王位を継承。
■1415年、明の冊封を受け山南王に即位。
■1429年、尚巴志に滅ぼされ、山南王国は滅亡した。

汪応祖 (おうおうそ)

大里王統(南山王国)・3代目王
[人物] [南山王]
 生没年:-1413
■琉球国南山王
■在位:1403年~1413年。
■居城は島尻大里城。
■大里王統・3代目王、汪英紫の次男。
■15世紀初めに豊見城(とみぐすく)を築いた。
■明の南京に留学した経験があり、明で見た龍舟を造って5月の始めに城下の江で競渡をしたのが爬竜(ハーリー)の始まりという説がある。
■1413年、弟の栄華を恨んだ実兄の達勃期(たふち)によって殺された。

汪英紫 (おうえいじ)

大里王統(南山王国)・2代目王
[人物] [南山王]
 生没年:-1402
■琉球国南山王
■在位:1388年~1402年。
■居城は島尻大里城。
■大里王統の2代目王、先代の三男。
■先代の察度が複数代襲名した名前である可能性があり、先代・察度の叔父であったとの説もある。


承察度 (うふさと)

大里王統(南山王国)・初代王
[人物] [南山王]
 生没年:-1396 以降不明
■琉球国南山王
■在位:1337年~1396年。
■居城は島尻大里城。
■1380年に初めて明へ進貢。
■1383、84、85年と続けて進貢し、1385年には明の皇帝より山南王として鍍金の銀印を下賜されている。その後も、何度か明へ進貢した。
■親子数代で同じ名を襲名した可能性がある。
■中国、朝鮮に承察度(温沙道)と名乗る人物が朝鮮・晋陽に亡命した記録があり、叔父の汪英紫に王位を奪われ、朝鮮に亡命したとの説もある。

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