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琉球・沖縄の歴史上の偉人や事柄辞典。 title=

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尚賢王 (しょうけんおう)

第二尚氏王統・9代目王
[人物] [国王]
 生没年:1625-1647
■琉球王国・第二尚氏王統・8代目国王・尚豊王の3男。
■琉球王国・第二尚氏王統・9代目国王。
■琉球国中山王。
■居城は首里城。
■在位:1641年~1647年。
■薩摩生まれ、17歳の時に即位した。
■「遠見番」を作り、烽火の制を定めた。
■黒糖、ウコンの専売制を始めた。
■墓陵は首里玉陵
 writer:大蔵 登録日:2013/07/26

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尚寧王

■王家分家・小禄御殿3世、尚懿・与那城王子朝賢(第2代尚真王の孫)の長男で、尚永王の娘婿。 ■琉球王国・第二尚氏王統・7代目国王。 ■琉球国王。 ■居城は首里城。 ■在位:1589年~1620年。 ■童名は思徳金。 ■神号は日賀末按司添(てだがすえあんじおそい)。 ■分家から国王に就いたことから、尚寧王一族を尚清王の家系「首里尚家」と区別する為「浦添尚家」と称する文献もある。 ■1609年、薩摩藩・島津氏の侵攻を受け降伏。以後、琉球は薩摩藩と明の二ヶ国に両属する事となる。 ■尚寧王は薩摩藩によって江戸に連行され、征夷大将軍の徳川秀忠に謁見、後に琉球に戻された。 ■1613年、薩摩藩に奄美群島を割譲した。 ■1613年、おもろさうし第2巻が編纂された。 ■墓陵は浦添ようどれ。
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尚育王

■琉球王国・第二尚氏王統・17代目国王・尚?王の長男。 ■琉球王国・第二尚氏王統・18代目国王。 ■琉球国王。 ■居城は首里城。 ■在位:1835年~1847年。 ■童名は思徳金(うみとくがね)。 ■士族の通える学校を作るなど教育に力を入れた。 ■1844年、フランス海軍の来航にあたり宣教師の布教活動を許可。 ■1846年、英国海軍が入港、宣教師ベッテルハイムが逗留した。 ■墓陵は首里玉陵。
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