沖縄観光 | 沖縄専門学校 | 沖縄タウンネット | オリジナルグッズ制作 | 沖縄印刷 | テレビCM | 沖縄ラジオCM | 翻訳通訳 | ホームページ制作 | 海外進出

琉球・沖縄の歴史上の偉人や事柄辞典。 title=

カテゴリー

キーワード検索


尚温王 (しょうおんおう)

第二尚氏王統・15代目王
[人物] [国王]
 生没年:1784-1802
■琉球王国・第二尚氏王統・14代目国王・尚穆王の孫。尚穆王の長男・尚哲の二男。
■琉球王国・第二尚氏王統・15代目国王。
■琉球国王。
■居城は首里城。
■在位:1795年~1802年。
■童名は思五郎金(うみごるうがね)。
■1798年、国学(現沖縄県立首里高等学校)、平等学校を開く。
■墓陵は首里玉陵
 writer:大蔵 登録日:2013/07/26

尚温王 に関連するその他の情報

本文中に「尚温王」を含むその他の情報が 2件ありました。
>> 識名園
…琉球王朝の迎賓館。
>> 尚成王
…第二尚氏王統・16代目王
「尚温王」についてGoogle検索でもっと調べてみる。
 >> Googleで「尚温王」「人物」「国王」で検索
「尚温王」についてGoogle画像検索でもっと調べてみる。
 >> Googleで「尚温王」「人物」「国王」で画像検索
「尚温王」について質問してみる。
 >> Yahoo!知恵袋 >> 教えて!goo
<<< 「国王」の前の情報へ
>>> 「国王」の次の情報へ

他の 国王 関連情報 (2件)

尚思紹王

■琉球国中山王。 ■居城は佐敷城。 ■琉球王国の第一尚氏王統・初代国王。 ■在位:1406年~1421年。 ■神号は君志真物(きみしまもの)。 ■父は鮫川大主(さめかわうふぬし)、母は大城按司の娘、祖父は伊平屋島の屋蔵大主。 ■1406年、長男・尚巴志が中山王・武寧を滅ぼし、明の永楽帝に遣いを出して、父である思紹が中山王となった。 その際、尚巴志は「父思紹は武寧の子である」と称して明に遣使している。 ■1416年、長男・尚巴志と共に怕尼芝王統(北山王国)を平らげる。 ■陵墓は「佐敷ようどれ」。航空自衛隊知念分屯基地管理地区(南城市佐敷)にあるゲートで「佐敷ようどれ」に行きたいと伝えれば通してもらえるようだ。
>> ページに移動
尚寧王

■王家分家・小禄御殿3世、尚懿・与那城王子朝賢(第2代尚真王の孫)の長男で、尚永王の娘婿。 ■琉球王国・第二尚氏王統・7代目国王。 ■琉球国王。 ■居城は首里城。 ■在位:1589年~1620年。 ■童名は思徳金。 ■神号は日賀末按司添(てだがすえあんじおそい)。 ■分家から国王に就いたことから、尚寧王一族を尚清王の家系「首里尚家」と区別する為「浦添尚家」と称する文献もある。 ■1609年、薩摩藩・島津氏の侵攻を受け降伏。以後、琉球は薩摩藩と明の二ヶ国に両属する事となる。 ■尚寧王は薩摩藩によって江戸に連行され、征夷大将軍の徳川秀忠に謁見、後に琉球に戻された。 ■1613年、薩摩藩に奄美群島を割譲した。 ■1613年、おもろさうし第2巻が編纂された。 ■墓陵は浦添ようどれ。
>> ページに移動

琉球・沖縄の歴史上の偉人や事柄辞典。