尚豊王 (しょうほうおう)
人物 - 国王 -
■琉球王国・第二尚氏王統・5代目国王・尚元王の第3王子・大金武王子朝公の4男。
■琉球王国・第二尚氏王統・8代目国王。
■琉球国王。
■居城は首里城。
■在位:1621年~1640年。
■童名は思五郎金。
■神号は天喜也末按司添(てにぎやすゑあんじおそい)。
■1636年、薩摩藩から琉球国王の王号を剥奪され、琉球国司を名乗るようになる。
■墓陵は首里玉陵。
■1623年、おもろさうし全22巻のうち、1、2巻を除く20巻が編纂された。
長虹堤 (ちょうこうてい)
建造物 - 道路 -
■1451年、第一尚氏王統・5代目王・尚金福王により建築された堤道。
■明からの冊封使を迎え入れるため、浮島と呼ばれる小港・那覇を貿易港として整備し、那覇市松山付近にあった伊辺嘉麻(いべがま)から崇元寺付近(那覇市泊)までの約1kmを結んだ。
■当時の安里川、国場川流域は点在する小島の集まりだったが、長虹堤の建設により、那覇の人口が増え、埋め立てが盛んになった。特に明治以降の埋め立てにより現在の形となった。
■建築担当者は宰相懐機。
■長虹堤完成の後、懐機は神に感謝するため天照大神を祀る神社と長寿寺と呼ばれる寺院を建立した。
■建設当初は「浮道」と呼ばれていたが、冊封使・杜三策の付き人・胡靖が「遠望すれば長虹の如し」と述べたことから「長虹堤」と呼ばれるようになった。
■当時の長虹堤の様子を知る事の出来る資料として、1756年、冊封使・周煌の記録「琉球国志略」に書かれた絵図「中山八景」に「長虹秋霽」として描かれており、後年、この絵図を元にした葛飾北斎の浮世絵「琉球八景」にも描かれている。